[卒業研究参加](写真右から)
工学部 社会環境工学科4年 中村 一貴
(青森県立弘前中央高校出身)
工学部 社会環境工学科 准教授 金澤 健
物語のような形でしか
伝えられない橋の役割がある
という発想
——中村さんが取り組む研究テーマについて教えてください。
【中村】旭川市内を流れる石狩川に、旭橋という名の橋が架かっています。札幌市の豊平橋、釧路市の弊舞橋と並び、北海道三大名橋に数えられる橋です。この旭橋に関する物語を作って、それを読む前と後とで橋に対する人の思いの変化を調べています。

——なぜ、この研究テーマを選んだのですか?
【中村】旭橋は構造的に優れた橋ですが、調べていくうちに、豊かな歴史があることも分かりました。初代の旭橋は、1932年に完成したのですが、それ以前の明治中頃には同じ場所に鷹栖橋という名前の橋が架かっていました。その当時から旭川の人々の暮らしに根差し、文化の形成にも欠かせない存在だったことが分かりました。この素晴らしい橋を、この先もずっと残していきたいと思い、その手法として物語を作ることにしたんです。
【金澤】なぜ物語を軸にしたかというと、物語が人の心の深い部分に届くと考えたからです。例えば、小さな子どもに「寝るときにお腹を出したら風邪を引くよ」と言ってもあまり伝わりませんが、「寝ているときにおへそを出していると、カミナリお化けにおへそを取られちゃうぞ」と言うとちゃんとパジャマを着る。これも物語なんですね。フィクションですが、その方が受け手にはリアルに響くという。そこで、まずは物語を作ろうということになりました。

——どのように物語を作ったのですか?
【中村】先生から「まずは素材を集めよう。料理はそれから」というお話をいただき、可能な限り文献で旭橋について調べました。それから、旭橋に思い入れのある方々4人にインタビューもしました。
【金澤】旭橋にはかつて市電が通っていたんです。戦時中は陸軍第七師団が駐屯する軍都旭川を特徴づける構造物と認識されていたり、子どもが水遊びをする場所だったり。今では一年を通して市民の憩いの場として、お祭りなんかもたくさん開催されています。市電が通っている時代を知っている人、旭橋を撮影し続けるカメラマン、旭川でカフェを営んでいる人などに中村くんがインタビューを行いました。
【中村】インタビューの後、それぞれのエピソードをプロットにまとめて、プロのライターさんに物語の執筆を依頼しました。ライターさんとは何度も打ち合わせを重ね、僕がお会いした人たちの思いをできるだけ盛り込むようにしてもらいました。
完成した物語は旭川市役所に持参し、7人の職員さんに読んでもらったのですが、事前に旭橋への印象や考えについて質問する2種類のアンケートを用意しました。物語を読む前と後で、それぞれ回答してもらいました。
この2種類のアンケートから、物語によって橋に対する人の思いがどう変化したかを導き出そうとしています。

今、市職員のみなさんのアンケートを集計しているところなのですが、物語を読んだ後には、「旭橋の歴史をもっと多くの人に知ってもらいたい」「旭橋についてもっと知りたい」「観光名所にしていきたい」といったポジティブな思いがより強くなっていると感じました。
文系寄りの研究に見いだす、
社会環境工学の意義
——聞けば聞くほど、文系っぽい研究ですね。
【金澤】その通りです。橋の構造ではなく、橋の歴史に重きを置いています。私にとってもチャレンジングな研究でした。それでも、社会環境工学科でこの研究をする意味は大きいと考えています。
インタビューさせてもらった人の一人がおっしゃっていたのですが、「構造物にはコンテンツとコンテクストがある」と。つまり、コンテンツは工学部の授業で学べる橋の構造で、コンテクストは橋を取り巻く社会や人間模様を表す文脈のこと。コンテクストを表す一つの形式として物語という在り方に着目しました。卒業研究ですから、授業よりもっと枠を広げて自由にやることができるんです。

【中村】先ほどのアンケート結果からも分かるように、物語をきっかけにして、実際に旭橋が地域の人にとって特別な存在であることが明確になりました。普段、何気なく利用していて、ほとんど意識していない橋でも、こうした物語を読むことでその価値を再認識することがあります。構造物への愛着を持ってもらうことにもつながると考えています。
【金澤】橋は工場で大量生産できる製品とは違います。一つの橋を、たくさんの人が頑張って造っていきます。そのプロセスには、地域の制約条件、工事現場の状況、周辺環境などいろいろな要素を加味する必要が出てきますが、それを一つひとつクリアにしていって、その地域にふさわしい橋ができるんです。歴史や文化も、その要素の一部です。
その地域の歴史や文化をまったく知らない人が設計する橋は、工場で大量生産された製品みたいなもの。どの地域、どの川に架けても同じことになってしまいます。地域の風土や歴史、文化を理解していれば、それこそ、その地域の人たちの物語の一部になるような、そんな橋を造るお手伝いができるかもしれません。

——それこそが、コンテンツとコンテクストの融合なのですね。研究結果はうまくまとめられそうでしょうか。
【中村】今、結果をまとめることにとても苦労しています。何度も壁にぶち当たっていますが、旭橋の歴史的価値を地域の人たちに伝え、この先も旭橋を残していく必要があることを知ってほしいと思っています。
【金澤】私たちは理系の論文を書くことには慣れていますが、今回のような文系色の強い論文を書くことには慣れていません。中村くんの苦労はよく分かります。だからこそ、中村くんに伝えたいのは、まとめるという考え方に固執しないでほしいということです。インタビューさせてもらった4人の方々の言葉や、アンケートに答えてくれた7人の思いなど、無理に一つの方向にまとめようとせず、それぞれの話を集められたことに価値があると思ってほしいですね。
